流聲 ryusay ☆彡

五臓五腑ノリコのブログ。SINCE September 25th,2004

STAY番外編〜皆既月食によせて〜

裏側を見せることはけしてないからね。
今日なんて、表の姿すら僕の前から隠してしまおうとするからね。
けれどまたすぐに元の姿に戻るから。
もしもそれが月ならば。


「キキ、イサ、まだそこにいるの?」
夜もとっぷり暮れ、月だけが静かに世を照らす時間。マイヤは店先から顔だけをひょっこり出して二人を見つけた。
キキと呼ばれた少女は、イサクと並んで店先のベンチに座っていた。
「もう遅いわよ。いい加減帰りましょう?」
マイヤは眉間にしわを寄せて二人に言った。
「いや、キキが絶対見るって聞かねえんだよ」
「イサ、あんたも!」
マイヤはイサクの義理の姉である。イサクはマイヤの言葉にひるむことなく、なぁ、とキキに同調を求めた。
「いいでしょ、マイ。こんなの滅多に見れないんだから」
キキは足をブラブラさせながらマイヤの方を見た。満面の笑みを浮かべたその顔を見てしまったマイヤは、しぶしぶ二人にこう言うしかなかった。
「……じゃあイサ、あとでちゃんとキキを母屋まで連れてきてね。最近この辺りも物騒なんだから、よろしく頼むわよ?」
「はいはい」
とイサクは手を振って応じた。
マイヤの姿が見えなくなると、キキは再び夜空を見上げた。
そんなキキの表情に、イサクはしばし見とれてしまった。
まるで何かに…月にとりつかれたかのように、キキは身じろぎ一つせず、月を見つめたまま、時間は流れた。髪も肌も色素の薄いキキのその様は、今にも月光に溶けて消えてしまうかのような錯覚をイサクに与えた。
三十分ほど経ったころだろうか、キキがぽつりとこんな言葉を呟いた。
「……私、竹から生まれれば良かった」
「え?」
「昔読んだお話。竹から生まれた女の子は、月に帰ってしまうの」
ときおり不思議な言葉を口にする少女だったが、今日ばかりは全く理解ができない。
「キキは、月に行きたいのか?」
「ううん、そうじゃないの。
ちゃんと帰る場所があるって、いいなぁって……」
「…………」
キキの答えに何も返すことが出来ないイサクは、彼女と同じように月を見上げることしか出来なかった。
(キキにとって、此処は帰る家なんかじゃない。ほんの一時の居場所……)
それは、初めから自分も分かっていたこと。
ふと、イサクはキキの傍らにあった物に目を落とした。
「……それ、何」
「これね、かざぐるま!いいでしょ?お店の棚にあったから持ってきちゃった」
宝物を見つけて目を輝かせた少女は、風車を手に握ったまま再び月を見上げた。
「月、小さくなったな」
「ほんとだ」
ふわり、とそよ風が二人の間を通り抜けて、少女の風車をクルクルと回していった。
「でも、月が本当に小さくなったりなくなったりするわけじゃないから」
「そう…だな……」
いまいち言葉の意味を掴めぬまま、イサクは何気なく返事をした。
「……あ、」
何かを思い出したかのように、イサクが声を上げた。
「どうしたの?」
「…キキョウ、15歳おめでとう」
思いがけない言葉に、少女はキョトンとしたまま男を見るしかなかった。
「い、いきなりなぁに?」
「そういえばちゃんと言ってなかったなぁと思ってさ」
ふうん、と少女は怪訝な様子で、再び姿を現し始めた月を眺めた。
「今頃言ったって、もう誕生日終わっちゃうよ?」
「いいんだよ、明日は15歳と一日なんだから」
「いい…のかなぁ」
それ以上は何も発することなく、二人は残り僅かな天体ショーを楽しんだ。
(残りの時間で、自分はキキに何をしてやれるだろう……?)
キキも月も、誰も答えてはくれない。
ただ側にいて、光り輝くだけ。



終わり。